うどん独楽吟
高松城下1

2月18日 松家追加

たのしみは 太い細いと味比べ シコシコ食うか つるつる呑むか

松家 高松市藤塚町

 

JR栗林駅近く
北へ向って歩くこと数分二筋目辺りを右折するとわかる
入るとすぐにカウンターというか置き台というか丼と天ぷらが山積みされている
お姉さんが注文を聞いてくれる  太いん,細いん?

本日のご注文は
一玉で細いんの冷たい、太い温い
細切りに冷たいだしを探すと店の奥に座っている先代らしいおばぁさんが
寒いのに冷たいのを食べるんかと聞く

冷たいのは少し塩気を感じつつ冷や麦感覚ですすりこむと、余りの勢いに
味のほどもわからぬまま
太いのは温かいだしを大きなタンクの蛇口をひねる
写真でもわかるように割り箸より太い
2すじほどつまんで口に入れると口の中いっぱいもぐもぐする。
しっかり噛んで食べるとだしがからんでおいしい
長い穴子の天ぷらをかじり、うどんを噛むの繰り返し
あー食べたと満足感で店を出る


たのしみは 商店街の昼間時 自転車かき分け 店に入りぬ

讃岐平野 高松市田町

商店街のうどん屋としては早期にできた店と思う
高松の長いアーケードの商店街に飲食店は意外に少なく
飲み屋のたぐいはどちらかというと東西の通りに多かった
その意味では商店街の端近いとはいえ
田町の一角にできた時は
新鮮であった
同時に清潔感があり値段も安く
今はやりのチェーン店のさきがけともいえる

一寸しょっぱいだしであったと記憶している。


たのしみは 女子高生に混ざりつつ ざわめきの中カレー釜玉

はなまる 田町店 高松市田町

ある日、赤坂でうどんを食べた後
お土産うどんができるまで缶ビール片手にうだうだ くっちゃべっり
陶から琴電に乗り
瓦町で途中下車して久しぶりに商店街をうろついた時に発見
これが話題の
今風のうどんかと入ったところ

い女の子がうじゃうじゃ
みんなうどんを食べている(うどん屋からあたり前か)
カウンターからカレー釜玉お待たせしましたなんて声がかかるれば
なんでもありかと思わずメニューを読み返してしまう
この店の売りの一つか
それにしても天ぷら類、メニューの豊富さは
更に更に若い子がたくさんおれば目移りするなというのが悪い
いやまぁ きょろきょろしたというだけだけで、他意はないんだけど


たのしみは 商店街に並びたる あのみせこのみせ迷いも尽きぬ

こんぴらや 兵庫町店 高松市兵庫町



はなまるを出てふたたび瓦町から琴電にて片原町で下車
こんどは兵庫町商店街をぶらぶら
香川の特産品を売るショップをのぞいてうどん、醤油など物色しつつ
玉藻劇場のあったとおぼしいところを過ぎて
(鶴田浩二、高倉健の時代の東映封切館 オールナイト なんとなつかしい)

さすがに食べ疲れ気味なれどせっかくだからと一杯食す
この結果、走り出したフェリーの連絡バスに手を上げてむりむり乗り込むことになる


たのしみは うまげにみえるちらし寿司 とるかとらぬか心乱れて

うどん市場 高松市兵庫町

商店街の入り口、たしか本屋の隣
何でもありのうどんや
セルフの形態はいろいろあるが
ここもオープンした当時は目新しかった


たのしみは 何も気負わずこだわらず 常の店とて昼餉をすます

番丁 天神前店 高松市天神前

 

中新町の交差点の角に事務所があったので
営業に出ないときの昼食はおのずと近場のうどん屋になっていた。
行列を待つことなく、それなりにみんなが固まって座れて
なおかつ食べるものにバリエーションがあるというのがグループで食べる時の必須条件であった
ここはおでん、バラずし等の飯類、それに日替わり定食メニューもあったので
食べに行く回数も多かった。

大将は「毎度」といいながらいつもうどんを打ちつつ勘定もしていた。


たのしみは 出生届出した後 女木島ながめつ うどん食うわれ

市役所食堂     高松市番町

 

市役所の最上階?に食堂がある
エレベーターを降りて左側がカフェテリア方式の食堂で北側の窓から海が見えた。
南側は中央公園を見下ろして
今でこそ高層ビルが増えたけど当時は銀行に次ぐビルだったかと思う
職員も市民もだれもが利用してもよかったと思うが
それでも何となく気後れしていた

の子がいまや親を追い越し食うわ食べるは
長い麺は長いまま、つるつるつるつる、途中で噛み切ることなく
のど、食道、胃まで一直線


たのしみは 連絡船より走り出て 席取りし後立って食うなり

ホームのうどんや? 高松市

瀬戸大橋がかかるまでの話 昔話を一席
30数年前まだ新幹線もなく
大阪から急行鷲羽○号(ディーゼルで編成は長かった)にて宇野まで数時間

ここから始まる短距離競争
ホームを走って連絡船讃岐丸
出航時には旅情豊にどらが鳴って
席に一休みする間もなくデッキでうどん一杯がお約束

女木島の白い灯台を横目にすると高松入港前から出口に並んで
ゲートが上がれば
長いホームを再びダッシュ 急行いよ○号の座席を確保すれば
これからの数時間の旅の途中の中休み
おもむろにホームの隅のうどん屋へ
味を云々するよりも、ここまで来たからそのしるしにというような条件反射か、
あたかも犬と電柱の関係といったら電柱が怒るか

座席が取れないときは一電車遅らせ途中下車
旅館の客引きかき分けて駅前のうどん屋へ


たのしみは 会社から近いとて 何気に立ち寄る昼飯うどん

黒田屋 高松市田町

事務所から地下道をくぐったところの最至近のうどんや
雨降りにはもってこい
麺がどうとか、だしが云々とか、安い、早い、きれいなんて
特にコメントすることもないがふつうの店

たまに軽めの一杯のあとバスで帰る時
田町のバス停から食べるかどうか眺めていた


たのしみは かってこの地に名店あり 列をなしたと在りし日語る

ゆたか 高松市に存在した

中新町の交差点西南 東横インの北側
今はライオンズマンションになっているが
今からさかのぼること17年ほど昔
当然連絡船の時代
そんな昔だけど昼どきは地元民で行列になっていた

ざるうどんはぴしゃっーとつやつやこしの豊かさ
夏場に添えられたスダチのふかみどりが華やかだった

うどん寄せ鍋も安く食べでがあって
夜も一杯やりに良く通った
鍋の準備ができるまで突き出しのてっぱい(フナのなます)で軽く二合ほどいただいて
鍋用のうどんをそのまま食べてしまい
うどんだけ何度も追加したのもなつかしい


たのしみは 役所の裏にたたずまい うどん温める人の列なす

さか枝 高松市番町

   

11時前まだ混み合う前に入る
席も余裕で家族でひとかたまりのテーブルにつく
本日はこの後もう一軒行くので小食にするよう宣言しておくが
そこは若者遠慮なく
麺はなかなかこしのあるしっかり系
大タンクの蛇口からたっぷりかけただしは、くせがなく殆ど飲みつくす

近所のおばさんもさりげなく食べているかと思えば
われわれのようにはるばるの遠征組もいる
この後時間が来れば勤め人のメッカへと変貌するか

それにしても
高松に7年ほどいたけど、ここにしろ、竹清にしろ、事務所から近いけど
来たことはなかった
不思議としかいえない


たのしみは いそべちくわにたまご天 ころもほとびて味にこくあり

竹清    高松市亀岡町

   

天ぷらの店
入り口横の天ぷらのコーナーを見ながら列が進む
油の中に種を入れた後
ころもをぱっぱっと振り入れるとサワーットころもが花のように広がる
このところでもう口の中に期待感がつのる

この凄いのは
並んで食べ終わって帰るほんの20分ほどの間に
天ぷら油を2回大鍋で追加していたこと
これがさくさくの天ぷらに繋がっている
おもわずてんかすをどっさりのせてしまう
たまごてんの黄身がとろーりとけてうどんにからむ、
うまい
コレステロールに気がかりがあろうと食べる時は思い切っていこう

うどんは勿論おいしい
つぎつぎとくる客に合わせてどんどん打たれて茹でられていく
おわんに玉取りし、重さを量って丼に入れて渡してくれる
たいがいの帰る人は天ぷら係の人に声をかけ、挨拶して帰る、知り合いであれ一見であり


たのしみは 歳の納めに打ち集い 鍋を肴に 旨き酒呑む

かな泉 高松市紺屋町

うどんを食べに来るところではなく
うどん寄せ鍋を食べるところ
(ちなみに「うどんすき」は大阪美美卯の登録商標といわれているが成立しているのか)
座敷で鍋料理とたっぷりの酒をいただく
これはこれで改まった気分で、店に入る時少し構えた様子が面白い

うどんを昼飯から
料理の世界にまで引き上げたものといえる


たのしみは 一杯やって歌唄い とどめにおでんとビール一本

五右衛門 高松市古馬場町

呑んだ後の締めくくりの店である

もう帰りゃいいのにいつまでもうだうだと
最後に一本だけビール呑もうかと立ち寄る店
荒れたのどをあついだしが和らげてくれる気がしていた

その後は
代行運転を呼んで帰ってました。
そうとも、そうだとも
今のように罰金がべらぼうになる以前でも飲んだら乗るな

今は元祖と本家?と2軒あるとか


たのしみは 二日酔いの残る朝 のどにしみいる 立ち食いの汁

松下製麺所 高松市中野町

   

四国新聞の裏
東横イン(かっては京王プラザ)で泊った翌日
ホテルのサービス朝飯(おにぎり)を食べた後で
思いつき顔を出す

夕べの酒を呼びおこしつつ
つるつるうどんをいただく

だしが全身にしみわたっていく
アルコール消化のために細胞から抜けた水気を埋めるが如く
麺とだしとねぎのシンプルさがじゅわーっと細胞膜から浸透していく
しょぼついた目はうつろをみつめ
手にした丼から掬い上げられたうどんがのどをすべっていく

深酒をした反省の心がじりじりと
いたたまれず
思わず声をあげて駆け出したくなる誘惑を押さえつつ
男は一人うどんをすする
ふー
んのひとときの反省 
ばっかり



ある日
フェリーで高松入りした時早朝のうどんにすべく向った
写真の車は大胆に道路の中央付近に止めている、玉買いだろうか?
この人は冷たい二玉を食していた、その食べ方たるや、車の停めかたと同様、大胆、
実にいい音を立ててズズーッと、はたから見てても気持がいいリズムですすり上げて
サぁーッと車に乗り込み走り去ったのであった。
うどん食いの鑑


たのしみは 常にいくみせなればこそ 客の中に知りしひと見る

高松市福岡町

フェリーで高松入りして一番最初に遭遇するうどんや
この近くに得意先が数軒あったので
食べる機会も多く
必然的に昼時は顔見知りと出会うことが多かった
駐車場に止まる車で来ているなっと探しに入ることもある。

天ぷら類やらおでんにご飯もの種類が多くて
組み合わせの多さは常食の必須条件
食後はフェリー乗り場の近くで魚釣る人を眺めたり
昼寝をしたり


たのしみは よしずの下にたらいもて 箸をにぎりていざ戦わん

わら家 高松市屋島中町

店である
源平の古戦場 屋島のふもと
かっては海で隔てられていたとか

四国村が先か、わらやが先か
たまたまここを経営しているKグループと(kトキチにあらず)取引があったために
転勤してきた時、是非にと昼飯をいただいたのがここでした
市内のうどんが200円の時ここは300円を目指していたとか
高松で一番高い価格ポジションのものを狙ったとうかがいました
陸運会社のドライバーが年配になった時のことを考えたとのこと

当時はまだ民家風の建物の中だけであったがいつのまにか拡張に次ぐ拡張で
まぁ自分の土地をどう使おうとかまわんけど

観光地の食べ物はと云々する人でも
ここに関しては文句はなかろう
さぬきの食べ物を代表する店といって誰からも文句が出ない味を維持している

らいうどんでおなかがいっぱいになったなら
腹ごなしに、坂を登って
四国村に入ってみよう
ここは四国の民家を集めている
年配の人にはなつかしい
若い人にはへぇーとしか表現のないであろう時代を再現しているエリアである

私はここの中で砂糖絞り小屋が好きだ
さぬき三白の一つ三盆糖を作る時に
さとうきびを搾った設備
牛がグルグル廻って石臼を廻しきびを搾った
(牛は前へまっすぐ歩いていただけと主張するだろうが相対的には小屋の周りをグルグル廻る)


たのしみは 入り江駆けるたるつわものの 夢の跡見つつ坂道上る

山田家 木田郡牟礼町

海を隔てて屋島のわら家と向かい合う
五剣山のふもと
ケーブルカーに乗れば厄除けで有名な八栗寺(88ヶ所85番)に至る
このあたり庵治石の産地として有名
この頃はご多分に漏れず海外の石に押されてはいるが、されど石材加工の本場
たぬきもいれば観音様もいらっしゃる

あの有名な那須与一が平家の姫君のかざす扇の的を
矢で射落としたといわれる
与一の祈り岩を横目に見ながら登って行く

造り酒屋の看板とも言えるレンガの煙突と
庭に置かれた縁台の赤もうせんがいかにも雰囲気がある
客人をおつれすれば喜ばれること疑いなし

さりとて家族で腹いっぱい食べるとふところに響く


たのしみは 釜揚げたのみて 釜になく ゆだめになるで かまんかいなー

久徳 高松市出作町

どういうわけか誰も書かないし何処にも出てこない
よほどの取材拒否をしているかと(一方でそんなとこでもないがと)

私はここによく来た
道路から入りやすく車も停めやすい
これが普段に食べるうどん屋の必須条件であり
なおかつ
安定した味と、手ごろな価格
飽きることのないそこそこのメニューの豊かさ
その意味で常の店である
夏でもやっているおでんの豆腐にからしみそがグッド


たのしみは 戦略立ててかくご決め 本場をねらうその意気やよし

得々   高松市勅使町

勅使町
オーなつかしい響きよ
20年近くなる昔、私が転勤で高松に住まいしたときがここであった
32号線と11号線バイパスが交差する勅使の交差点の角に
北側に「桃山」南側に「讃岐麺業」があった。
引っ越した夜、桃山でうどんを食べて讃岐人への通過儀式を終えた
ここもおいしい店であった。
大きな家具店の隣に得々うどんが開店するのはしばらく後のことであった。
これも一つの衝撃であった

従来のうどん屋のイメージを一新した。
明るく清潔感の漂う、グループ席優先で、なおかつT玉から3玉まで同じ値段、うどんメニューの豊富さ
当時ファミリーレストランが香川県には根付かないのはうどんの値段が安いので昼飯に500円を投じる人が少ないといわれていた、
そこへうどんで一般のうどん店より高めの価格ゾーンを設定して乗り込んできたのでマスコミでも評判になった
味も洗練されていて着実に足固めをした


たのしみは これぞ讃岐のうどん店 常の店なり さりげなさあり         

さぬき麺業 小山店 高松市勅使町

家族連れであろうと、昼飯のサラリーマンであれ、あるいは観光客にしても落ち着いたたたづまいと安定した味をいつも楽しめる標準的なうどん屋である。
昨今の恐るべきさ、怪しさを追及する面白さが前面に出た探求派、
更に行列することに快楽を感じる人がいる一方には、
日常食としてうどんを食べる圧倒的多数派の大衆が存在する。

毎日食べるうどんの中で
今日はなににしようかと店へはいってからおもむろに選択する時と
のれんをくぐる前からかけ大と叫びそうなとき
もう少し時刻がさかのぼって今日はあそこのうどんを食べるためにこちらへ商談に行こうと決めつける朝
そんな大衆の中にはよもや前の晩から計画立てる人はいないだろう


たのしみは ここは讃岐ぞ ようおいでたな うどん食べまいおかわりしまい

中西うどん   高松市鹿角町

  

「おまえ三玉食べるんならこの丼やで」と子供に言いつつ
家長の権威で二玉用の丼を持つ
うどんを貰った後中央の温め場でテボを振る。
いつおぼえたかいっちょうまえに子供が丼を湯で温めている。

おばあさん二人、どちらも同じく小うどんにかき揚げ載せてテボのところまで来て
「ありゃ、こりゃー、ぬくめられんがな・・・・ かぁまんがなぁ この上にだしかけりゃええがな」

サテこういう事態におちいった時どうすべきか  考えた結果
1あきらめておばあさんと同じひやあつで食べる
2.もう一度、混み合う店内でUターンして小皿を取りに行く
3.秘技を使う  (天ぷらを口にくわえてうどんをテボに入れてぬくめる)
  
しょっぱめの麺、色は薄いが塩気のあるだし、天ぷら類も豊富である

奥で大将がどんどんうどんを打っている。

さすがに三玉食べた家児はおかわりをせず


たのしみは この店ありて このめにゅー ぶっかけうどん かざるいろいろ

大円 高松市今里

   

昼時なので次々と入ってくる人が、たいてい○○ぶっかけと注文している。
見廻しても、ざるかぶっかけが殆どである。
  
うどんはかめば歯に返して来る弾力があるが、決して固いわけではない。
山掛けぶっかけだと、やまいもがずるっとのどに流れ込もうとする、それをうどんがしこっと押し返す。かけだしも美味い。

大将は店頭でうどんを打ちながらも、常にゆで釜、厨房の様子に目配りしている。
帰る時うどんを打つ様子を眺めていると、寝かせた玉を出して延ばしから切まで一連の作業をして見せてくれた。
無造作というと適切でない表現だけど、いとも簡単に一連の作業を流れるようにこなして行く。
押し返す弾力は、足で踏む、ローラーで圧をかけるという工程がないからだろうか
一度聞いてみたい。


たのしみは 忙しくともおだやかに 夫婦仲よく 店まわしてあり

丸川製麺所 高松市天神前

  

うどんせいろが山積みされている様子は製麺所であるが、
店内は大きな丸いテーブルの中央に季節の花が活けられてこざっぱりしている。

2時過ぎともなるといかに高松とはいえ客は私のみ
配達の伝票を整理している横で、イカげそ入り練り天をかじり、うどんをのんびりといただく。
この店の箸は口にくわえて割る前に今一度じっくり見てみよう
天削げ箸てある、うどん屋では珍しく、ふつうの割り箸、使いまわしの丸い箸になじんでいると少し違和感を感じるけど、
店主の心遣い・こだわりを感じる。

この店の近くのビルにつとめていた頃は覗いたことがなく、大阪に移ってから今回が初めて食べたなんて世間話をしながら、
店を始めた50数年昔は築港まで見通せたとか
最近の若い人は二人で一杯のかけうどんを頼むなんて嘆いたり
思わず長居をする昼下がり

外へ出て向いの小さい寺をみて歩いたことがあると思い出す


たのしみは 冬でも頼む ざるうどん つやつや光る 麺の一筋 

うどん棒 高松市   

  

この辺りはかっての私のテリトリーであった、いや、別にいきがることもないし、肩をそびやかす必要もない(単に事務所から近いというだけ)
遠くからみえたお客さんを連れて行っても気兼ねのないうどん屋であった

正月メニューのとある一日、十数年ぶりにのぞいた
ざるを頼むと茹で上がるまでしばし待てとのこと、
別に急ぐ旅ではなく待ちますとも(本当は少し急いていたけど)
チャンポンを頼むのは常連客か、「値段が高いじゃないか」と言う声に「お正月ですので」

釜場の横にホテルからの予約の注文書が何枚も貼ってある、
1月6日13時 ○○新年会、160食、屋台
さすが讃岐のパーティには必須メニユー

少し細めで表面は柔らかいがしっかりした腰のおいしい麺、だしは少し甘目がかったもの
帰りがけに細麺のお土産を売っていたので家族へのいいわけ用に購入


たのしみは 大手資本が やる限り 家業の店に 勝る味出せ

うどんや 高松市南新町

  

各地の商店街がシャッター通りになる中で高松は頑張っているといえる
だが
物販店が飲食店に変わるのはひとつの節目である
大阪船場の繊維問屋街の船場心斎橋筋がそうであった。
長堀通りより北側は問屋街であったが
袋物・バッグ・カバンの問屋がマクドナルドに衣替えして以来、飲食店が北へ北へと
大増殖している。

さて高松の商店街であるが
この店はマルヨシセンターの発生の地ではなかろうか。
30数年昔、学生の私はここでアルバイトをしたことがある。
当然まだスーパーマーケットになる前で衣料品の店であった。

そんな昔を思い出しながら店に入った
店の雰囲気は、はやりのセルフの店と類似のオレンジを基調の明るく、されど平板なもの
とはいえ店内を見渡すと若い女性が一人でも、あるいはグループででも
たくさん見かけられる様子はマクドと同じ感覚かも

3時前のため、いいだこの天ぷら120円が2個残っていた 

その大きさの不揃いたるや「にいちゃんこれえらい大きさに差があるで」
「海の物ですから 差があるのは仕方ないですよ」
レジでこれで120円やと申し訳ないなといいつつ当然大きいものを載せたのである。
ソフトボール程に丸まったいいだこ
意地汚いから後で苦労する

勘定払うとレシートをくれる、見ると かけ小+天ぷらに消費税がついて283円也

丼の大半を占拠する、いいだこをかじってもかじっても減らない
ため息・大息つきつつうどんにたどり着いた頃には
トッピングのねぎとふやけたてんかすとで、だしはぬかるみ状態  味は次回に

スーパーのうどん売上を増やす為にも頑張っていい味を出す店にするべし


たのしみは まだあけやらぬ街角に だしの香りと 立ち上る湯気 

丸山製麺所 高松市宮脇町゜       

 

深夜のフェリーで高松へ入る
接続の無料バスはいつもと変わらず夜明け前の街を疾走する。
JR駅で小憩後、明るさをとり戻し始めた町を歩きだす。
番町小学校の辺りで雄鶏が時の声をあげる。
遠くの小学校でも呼応するように鶏が鳴く。

「夜をこめて とりの空音をはかるとも よに逢坂の関はゆるさじ」 清少納言

さて、この店であるが
明けきらぬ薄明かりの中、店内より香りとともに暖かい灯りが通りを照らし出す

30余年の昔この辺りは学生相手の下宿が数多くあり、(このところ回顧談ばっかり)
そんな一角で私も間借り(死語)をしていた。
今はワンルームに変貌しており、記憶を頼りに歩いてみるも、
消防署に変わったか、幼稚園に吸収されたか歴史の中に消えていた。

朝6時過ぎの店内には徹夜明けの学生か、うどんを食べ食べ駄弁っている。
一玉を頼み、丼に入ったうどんを貰い、テボに入れて温めて、だしを小型のひしゃくで
すくいかける。
寝不足で乾いた体のすみずみま少し濃いめの味がしみていく。
麺もやさしくのどを通り過ぎていく。
ほど無くしてたくさんの天ぷらがカウンターに載せられる うまそう
あげの炊いたのがいかにも甘めに、汁たっぷりに、食べろとせまって来る。

店内の表彰状を読んでいると、前川知事の時代のものがかなりある
この店の歴史か
仕事に向う人が作業着で食べて行く

けれんも無いが、町とご近所と同化して積み重ねてきた味の深さがここにある。



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